ケンタウルス族に生まれて

射手座は旅する哲学者。星座になっているケイロンはケンタウルス族。日常を楽しむこと、心のこと、時々精神世界のこと,などいろいろ綴っていきます。訪れてくださり、ありがとうございます。


海女さんの貝殻細工店

  1. 2017/10/01(日) 08:40:52_
  2. スピリチュアル観
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何年越しかで、シャコガイの貝殻が欲しいと思っていた。

大ぶりであの波打つような形状
白くて美しい貝 
フリマなどでで何度か出くわしては うーん・・・お高い
欲求度と見合わなくて、見送り状態。

けれど、いつかは、という想いが頭の片隅にあった。


で、この度 海辺の町へ観光旅行に来たので
そうだ、貝殻売ってたら見てみようと気にかけていたら

ありました。


メイン広場にあった目の前の貝殻の露店はスルーして
吸い寄せられるように 後方の趣ある露店へ。



IMAG3525 (350x224)



糸で繋がれた貝のモビール風のモノなど、いろいろ吊り下がっている。
その他ブローチ、ネックレスなど、貝殻細工がたくさんある。
店の女性はアクセサリーを勧めてきますが
今回は周囲に雑多に置かれた下方にあるザクザクの貝殻にしか目がないのです。

大ぶりのものもある・・・

テキトーに置いてある・・・
「これ売り物じゃないんですか?」

「売り物ですよーこんなのどぉ?」と
ツヤツヤの斑点模様のホラガイっぽいものを指さしますが

(それじゃーないんだよなぁ・・・)

で、これこれ!見つけた ひだひだの美しいシャコガイ (*´ω`)
値段を聞くと 

「店番だからよくわかんないんだけどねー、千円かなぁ・・・」

(千円!?(*'▽')ワォ♡) 

「ごにょごにょ・・・せんごひゃくえんかなぁ・・・」

彼女の気が変わらないうちに 「千円だったら買おうかな!」 と求めました。
(今まで見てきた相場観って大事、無駄じゃなかった)





聞けば隣の店主(女性)も混じって

「これねぇ 私たち海女が潜ってぜーんぶ採ってきたんだよ」と。

よく見ると 二人ともお顔は艶々に日に焼けし、細かな皺が美しく刻まれている。

ニコニコ顔がとても魅力的、
初めて本物の海女さんの風情を肌で感じました。



IMAG3526 (350x316)



彼女たちは禊ぎも行える様な綺麗な岩場の海水に
毎日のように身を沈めてるのだ、
それも素潜りで。
禊ぎを毎度やっているようなもの、
そこらの神職者よりも神聖さに触れていると思われる。

しかも、呼吸をコントロールし、自分の肉体を意識の配下に置くという
鍛錬が日常の女性たち。

スキューバなんかで潜るのとはわけが違うぞ、と感じ入る。
(やったことないけど)


そう思うとますます、存在感がすごい、落ち着き、独特の佇まいを醸している。

同じ自然相手の生業でも、農家の女性とは全然違う気がする。


もっともっと浄化エネルギー、パワーに満ちているというか、
肉体から発せられるものが違っているのだ。


私はこのお二人、ちょっとご年配の女性にすっかり魅了されてしまった。
お一人は私と近いお歳かも。


その後、 
別のほっそりした帳簿ファイルっぽい物を持っていた女性とすれ違いました。

あの人も海女さんだ、と直感。

髪の感じ、体つき、肌の感じ、鍛錬さ、オーラ、エーテル的な物、
私の中に海女さんの持つエネルギー的なデータが
インプットされたようです。


素敵な出会いでした。


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今更ながら三島由紀夫が小説の題材にしたこともわかるなぁ、と思ったりして。
あれは若い女性が主人公だったけどね。


次は ハイキングか、遊覧船に乗ったことでも書く予定です。
では、よい一日を・・・ (^_^)/~

 




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静寂の境地へと還る マインドフルネス

  1. 2017/09/09(土) 09:54:05_
  2. スピリチュアル観
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嫌気がさすような出来事
様々な メディア情報
自分も含めて 心がざわつく出来事、感情
それが、この地上で起きるとき


ビジョンの中で神降地(カミコウチ)の明神池の前にたたずんでみる


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あの空気感 時間軸 密度 周波数帯 静寂のエナジー を思い浮かべ
包む。

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自分の本当の居場所は ここだと識る 時

なにが起ころうが なんの問題もない という自分に還ることができる


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精神の密室の場


いつでも どこでも 立ち還れる



帰る 還る 返る 変える 換える 

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神事の舟の中から守り神の蛙が姿を顕した。 


日常の中の物語

  1. 2016/04/28(木) 15:40:06_
  2. スピリチュアル観
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普通に生活できるってとても幸せなことだけれど
人はそれだけでは満足しない・・・気がする、少なくとも私は。

だからって、何かを自分探しのために
手あたりしだいにやってみることでもない。

答えは
昨日の半田さんのツイートにありました。

Screenshot_2016-04-28 (400x375)


日常性にモノが魂を開示して見せてくれていることに気づくこと。


私の日常
この小鳥と生活している。

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この小鳥がコレを食べる
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と・・・

コレが生えて抜けたりする。
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写真だとあまりきれいに見えないかもしれないけれど
羽毛や羽、とても美しいのです。

暖房器具などを付けている時期だと
部屋の中の上昇気流で羽毛が舞い上がり
まるで天使と生活しているようなのです。

雑穀が小鳥の身体を通ると
美しい羽毛になる。

これは錬金術です。

ハッと気づくとき
驚異に値するのです。
言葉以上の何かを訴えかけてきます。


神秘性は神聖さ。
魂の領域

私たちもお米や野菜を食べて
身体を介し、血液が出来、爪が生えたり
錬金術そのもの

モノが語りだすのを感じるときです。

かわいい動物の家族や
大切に育てた植物は無邪気さゆえ
このことに気づかせてくれやすい。

日常生活を営むとき
凄い業績を残すことよりも大事な事は

日常の中に潜む非日常性に気づくこと。
このことが物語だと半田氏は言っているし
まさにそう想う。

普通の日常生活が好きだからこそ
身近にある物事の襞の部分に触れる心の在り方に
気を配ろう・・・それは
この世界をより豊かにすると想うのです。


自分に在る

  1. 2015/09/23(水) 00:16:35_
  2. スピリチュアル観
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今まで
いろんなヒーリング、
リフレクソロジー
フラワーレメディ
ホメオパシー
パワーストーン
オラクルカード
チャネリング
リーディング
スピリチュアル本
トンデモ本
ヌーソロジー
奇跡のコース
クリシュムナムルティの教え
他にも賢者や古代宗教など…

ホロスコープ
パステルオブライトさんでのワーク
ポラリティヒーリング
アクシオトーナル
シータヒーリング
レイキ
エンジェルの召喚
マカバ瞑想
後退催眠瞑想 などなど

いろんなセミナーやワークなど、
聞きかじったり、
自己流で始めたりレッスンを受けたりしたけれど



結局、最終的にすべて自分に行き着いた
ハートの中心 トーラスを形成する ゼロポイント
ここにあった、最強な自己

このポイントに位置し
聖霊と伴にあることだけがパワーを発揮するのだとわかりつつある。

けれども ヌーソロジーはおもしろいし、
奇跡のコースは何度読んでも新たな発見がある。

そしてウイングメーカーの言葉に支えられながら
この地上で生きる。

過去に囚われない新しい認識と価値観で。

光の分身としてこの世界を観ること。


ファースト・ソース(根源)を見いだすこと

  1. 2015/06/09(火) 22:30:55_
  2. スピリチュアル観
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前回の記事に『ネルダ・インタビュー5を読んで』 に関連しての 内容ですが、


自ら神だと名のり 私たちの身体や性格を造った存在は、
その存在を信じさせるために、
畏れを抱かせるような意味で
神とは シュタイナーの言うルシファー的なものでした。

崇める対象の神は虚偽だったわけですから、
救済も、マスタープランも虚偽。

また唯物主義の根底は アーリマン的な物であり 
結局は どちらも
私たちにプログラミングされた必要悪で 同じものでした、チャンチャン。

そう考えると
善といえるものもなく フラットなものしか残らないように想います。
まさに 善ではなく 禅 というほうがしっくりします。

フラットな 本当の”愛”が出現し

すべては一元へと戻っていきます。。。


本当に ほんとうに壮大な設定でした。
その中間層から下層、はたまた欺かれ、搾取される配役
エネルギー的な物さえ、奪ったり奪われたりなど、
いろいろな 配役が必要だったわけです。


本当に「神」 と呼べるものは 最初の根源的な ・・・なにか。
『ネルダ・インタビュー5』 では ファースト・ソース と言っています。

それだけなのです。

それは ジャッジもしない。
私たちがやることに 何も口出しはしてこない けれど、

自由さを与えられている、この壮大なる自由さを
 ”愛” そのものだ と感じられるのであれば、
完全に それと繋がっている状態であろうと想います。


その状態であれば 自由はあなた(私)の中にあるということが解り
何者にもなれる、ということが解るし、何者でもないということも解る・・・

そのとき
ここと 繋ぐのが聖霊なら、その聖霊も 自分自身に他ならないということが解るのでしょう。

自分自身を識ることは ファースト・ソースとしての本来の神 を識るということ。

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私が今 見ているビジョンは 何なのか・・・すべては
ファースト・ソースとしての体験のためのものに過ぎず・・・

旅行のようなもの アトラクションのようなのかもしれない・・・

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同じものを見据えていること。

  1. 2015/04/16(木) 23:43:45_
  2. スピリチュアル観
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いつにも増して 近頃は

目指す認識の方向性が確固たるものとして
感じられるようになった。
(目指す必要などないのだけど 便宜上目指すと書きます)

今までは 漠然と 「還りたい」という感情的に
根源の世界観を求めていたけれど。
今では 目指すことの意味がわかるように なっってきたからだと思う。

それと同時に
同じようにはっきりとどこへ向かうかを知っている精神性をもつ者たちが 
私にとって、まるで浮上してきたかのよう明確にわかるように
になった。

(それらは 顕在化している同志たち)

同志と思える人たち、
その者たちは私と 同じものを見据えている。


共通認識という 安心感 

そして、私には その者たちを希求して止まない心が在る。
本当はそれらを求めていたんだと。

もっと多くの人たちを。


たとえ直接的には繋がりがなくとも
繋がっているという顕かな知識・認識

そのことが 私に喜びをもたらす。
切なる思い。
愛という言葉で括ることさえできないような
恋愛感情にも似ているが それとも違う 
同じものを見据えているすべての同志たちへの心からの希求が起る。


彼らの中で、表現したいコトが溢れ出てくる者は
時空を超えた 表現者・本物のアーティスト。

アーティストたちは
その場所を求めてやまない心がキャンバスや画材に向けられ表現されている
時に苦しみながら 茫漠としたものをさがすために
絵筆を取った。

でも今は茫漠としてではなく ハッキリ見える象になっている。
ハッキリわかる 表現として成されている。

わかる人には わかるように成っている。
同じ場所を観ている・・・と。

そのような作品は美術館で、音楽ソースで、
たとえ ネット上であっても伝わってくる。
自分が拡張するのがわかる。

伝わってきた時の衝撃の自分の洞察に驚くこともある。
自分の欲しいものをその時々で、ちゃんと識っているんだ、と。


IMG_5035 (400x300)

ふと 足元をみると 雑草が・・・そして樹々が・・・
これも私が求めている場所と繋がってるって自ら知っている存在だけれど、
無垢すぎて 当たり前すぎるのだ。
普通の出来事は衝撃として感じられない・・・このことは少し悲しいけれど。

もしかしたら人間的要素のフィルターを通しての方が
より 鮮明に明確に衝撃的に伝わるのかもしれない。

今までバラバラになっていた分だけ多く たくさん 歓びとなって。

同じものを見据えていることの悦び。


立体化する自己認識

  1. 2015/04/15(水) 17:16:39_
  2. スピリチュアル観
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奇跡のコースを踏まえた私が
普段 どのように世の中を観て
この環境的な事で大変な不安要素の状況を
どのように捉えているのかを書いてみます。


昨今の国の機関以外の団体や個人、海外などからの
放射能物質の現況や実態のデータ
シュミレーションデータをネット上などで見たりしていると

この三次元世界の日本は、いや地球は終わってる・・・
と思ってしまう。

いくら頑張っても無理な気がする。

しかし、そんな風に心に不安の影を落としても平安は得られない。

ではどうしたらいいのか?
私たちが平安を得ることが
地球を助けることとなる。
それには 立体化する自己認識で生活することが
大変な時を生きるのに必要なこと。


私は
環境により肉体の寿命があまりないかもしれないことは
もういい、と思える。
人間の存在目的は
子孫を繁栄させるためのモノじゃないと思うから。
(肉体をないがしろにしているわけではなく、精一杯大事にしている)
たとえ私の若い子供たちが 長寿を全うしても、できなくても
それほどの意味を持たない・・・
なぜなら
意識進化なしに寿命を延ばしたところで もう無意味な時代なのだと思えるから。
(だいいち、意識進化すれば 物質的影響を受けなくなり肉体年齢は関係なくなると思う)

肉体がなくなっても経験というものは他の世界で できるってわかっている。

この三次元世界は集合意識が創っている現象界。
といって 私たちの集合意識が
地球を使い捨てにしていいということではないくて。
 
地球には大きな惑星意識があって、
現象界とは違うところに ちゃんとあると多分識っている自分がいるから、
大丈夫なのだと思う。

地球のスピリットは私たちの意識が追い付くことを待っている。
というか、とっくに 先行していると思う。

実際は実生活でああるから、これを読んだ人は
寿命がないことはもういいよ、なんて
三次元で生きるのを憂慮しつつ諦めてるだけでしょ、
そんな意識が諦めの現象界を創ってしまうよ、と
思うかもしれないけれど

たとえ状況を憂慮している自分がいても
静観しいる もう一個違うステージの自分がいれば 話は違ってくる。

自ずと すべてを聖霊に預けることができる
彼らは 直接宇宙意識と繋がっている
三次元の地球レベルに左右されない、
私たちもその一員になることとなる。

そうすることによって 集合意識が 変わっていく。

この世界から一切の手を引くこと。

物質を諦める、コントロールを判断を諦める。
昨日のやすらぎの部屋のメルマガでは
「解釈をしない」という表現だった。
まさに そう。

坦々と生活していくこと。

一段上のステージからの自己を常に自分の中心を置いて生活すれば
一切 頑張らなくても よくなる。
もう三次元に留まって「引き寄せの法則」 とか言う必要もなくなる。


本質の自己から生きれば
なにもかもに惑わされなくなる。
本来の自分自身を生きることとなる。
奇跡しか起きなくなる、
奇跡が大げさだったら共時性というものが常に起こってくる。

そのことを意識するかしないかだけ。

仮に意識していなくったって
三次元世界でどんなに困っても
本質の私たちは いっさい誰も傷ついてなどいないんだけどね。
だから安心していいんだけど。
(←この言葉が矛盾するのは 三次元は矛盾が生じる世界だから)


日月神示 にある「水爆もビクともしないからだとなるのぢゃぞ」
という言葉は そういうことだと思う。

集合意識から 外れるということは
惑いから外れることであり、地球磁場から外れること。

しかも実際には
もう地球磁場は弱くなりつつあるんじゃないかなぁ・・・
だから自分の意志で、自分の本質部分の一段上の自己を認識し、
集合意識から外れておかないと
留まるところが わからなくなって、
心の病気になるよ。

KIMG1025 (338x450)


確かにここで生活している以上
肉体を持った私は、
実生活で不都合なことも起きたりはするけれど
受け取って こなしていく、ただそれに終始するだけ。
もちろん一喜一憂しながらね。

足場は二つ だけど大きな自己の方を認識することが必要なこと。



目を瞑って開くとき

  1. 2015/03/27(金) 23:55:37_
  2. スピリチュアル観
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奇跡のコース の後にやってくるのは なんだろうか・・・
真の創造とは・・・?
と思いながらテキストを読んでいた かつての日々。



今は
目撃することが 真の創造行為ではないかと想える

目撃(意識)することは 世界を創っている

目撃(意識)と創造は同時に存在している

KIMG0815 (300x400)
とわかる。

ありがとう ありがとう ありがとう
世界を観ていること 同時に 見せてくれていることに。

生活が宇宙だと感じたとき

  1. 2015/02/03(火) 23:26:57_
  2. スピリチュアル観
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昨日まで 家にいる生活が続いてました。

多少の溶血があり、寒さを避けるためとは言え、
貧血症状はなく健康を保っている状態で6日間
家の中だけで過ごしていましたが、
何か特異な感じが自分でもしています。

通常は何かしらの用事があって近所のコンビニぐらい
外出せざるおえないのが普通ではあるでしょうけど、
この季節はあえて予定を必要以上入れないようにしていることもあって、
6日の間に外へ出たのは回覧板を持って行ったのと、ゴミ出しだけ。
あとは ほんの数分庭にでたくらい。
お買いものはネットで済むし、家族も買い物を請け負ってくれる。


家事以外の家でやる仕事があるわけでもないので
家に縛られているという感覚はないので、
特に土、日など三度の食事の支度とお菓子作ることに終始していると
ほとんど台所ですごしているわけで、
本当に この家の中だけが自分の宇宙として完結している感覚に陥ります。


それは、たぶん精神的に自由だから。

もし、病状があったら外に出たいと切に願っているだろう。
そいうえば、同じ限られた空間でも入院中は不自由でした。
精神が絶望とまではいかないけれど疲弊していましたから。

でも、健康な状態で外の寒さを避け
温かな家の中に好きでこもっている。
お湯が出て衛生を保てて、ご飯が作れて食べられる。
もちろん家族や社会によって支えられた生活ではあるけれど
自分も家族を支えている。
人間としての生活が完結し、
絶望していないてからこその空間。

そして、いつでも外に出られるという自由と
外部には友人、知人、一緒に住んでない家族がいるからだろう。

室内の隅々まで自分の精神が行き届いたこの空間を
自分は安心、信頼できる場所だから
宇宙観として完結している = 総て と思える。

IMG_20150127_164912 (400x240)


この生活は
幸せな室内劇を演じているように感じてしまう。
(演劇のことはよくわからないけれど、
 狭い空間で展開されるのを室内劇?
 密室劇だとサスペンスですよね(;'∀')?)


そして、
上手く伝わるかどうか分からないけれど
宇宙とは物理的空間の広さではない、と実感できるのです。
精神が行き届いている空間が宇宙だと想う・・・

精神が宇宙を創っているとわかる・・・
というか、宇宙とは精神。


そして実在(高次・大いなる自己)から見ると
この宇宙(地球)で私たちは人間を演じている。


小さな位置・空間からでも
信頼と平安があれば大きな精神=自由= 宇宙 を体感できる。

このような体感とは
ここに文章で顕せないエッセンスがたくさんあります。だから、
チカッと閃くようにくる感覚をせめて少しでも忘れないように記しました。


懐かしい場所は異次元?

  1. 2014/11/13(木) 16:16:40_
  2. スピリチュアル観
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  4. _ comment:0
本質のわたしは 生まれてもいなければ死んでもいない。

生まれたり死んだりを繰り返している姿を観察している
観察者

どこかに帰りたがっている 究極は観察者としての源なんだろうけれど

もっとほかにもあるみたい
なじみのある 場所があるようで
そこを懐かしがっている自分がいる。

癒される場所

それをここで再現するとしたら
まあるい角のない 真っ白な部屋

床から生えるような アート作品
表面に象徴的な文様 シンボルが次々に変化する
不思議アート

このビジョンを懐かしむ

どこかで これを探し求めているから
ここでは現代アートを追いかける羽目になっているのかも

自分でこんな理想の空間をつくるとしたら
天井はオーガンジーのドレープを張りめぐらせて・・・

ここで 表現したいことをはなんだろう

IMG_4922 (400x300)



石と話をしながら
(*^-^*) ブレスレットやさん やってます。
☆星のかけらのお守りブレスレット ~Milky way~

またね(^.^)/~~~

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プロフィール

ケンタウルス

Author:ケンタウルス
*射手座
*神奈川県在住
*レイキヒーリング 3rd
*「湘南やすらぎの部屋」
 ヒーリングクラス'07度卒
 '09度からアドバンスクラスにて
 「奇跡のコース」を学ぶ
 (宗教団体ではありません)
*応用DNAシータ・ヒーリング
 ・プラクティショナー
*パステルオブライト
  光のプログラム 修了
  パステル和アート準インストラクター資格
 

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