ケンタウルス族に生まれて

射手座は旅する哲学者。星座になっているケイロンはケンタウルス族。日常を楽しむこと、心のこと、時々精神世界のこと,などいろいろ綴っていきます。訪れてくださり、ありがとうございます。


ノンデュアリティは虚無じゃない。

  1. 2016/03/09(水) 14:04:44_
  2. 奇跡のコース ACIM
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一週間の入院生活から退院できるまで回復し
自宅療養生活の中・・・で書いてます。



入院中に ヌーソロジー関連などのブログ、HPなどをスマホで読んでいたのですが
貧血の頭では意識のやり取りを構築するのに許容量を超えている~、苦しいって感じでした。


そんな時は やはり 『奇跡のコース』なんです。
コースではなんでも聖霊だのみ・・・なんて楽ちん 
ほっとする心の平安の領域。


下手な絵でイメージを描いてみましたよ。

『奇跡のコース』はノンデュアリティ この世は幻影、投影といってますが・・・

眼前の物は幻影として霧散し・・・ハラハラと壊れ
IMAG1000 (400x302)
こんなふうに 虚しい虚無の空間認識のためではないのです。

こうゆーふうになるのは ヌーソロジーで言うスマル、ノスの方向ですが
そうではなく、コースもこんなこと言ってません。

コースが言わんとしているのは


幻影世界で起こっていることへの「赦し」なんです。

これが意味するところは、こんなもん見ている自分への赦しなんですけどね。

絵でイメージするとこんなかな。
IMAG1001 (355x400)
目の前の幻影世界を、起こっていることを赦す。
自分の胸の中の広大な異空間に落とし込む・・・反転させるというか

言っておくけど、体次元の胸の内に納め悶々とするのは違いますよ!
脳みそに収め、納得いかん!となってしまいます。

で、これはヌーソロジー的には意識の位置の等化とか変換? かな。

ひろーい 自分の愛の領域に投げ込む 感じです。

高度な認識の領域なので、お間違えの無いように!



そうして、完全な受容 が起き
そこで、眼にするものは・・・!

IMAG1002 (300x292)


聖霊の領域です。。。
静寂と活動が同時に両立している。
すべてがそこにあり ないものはない世界。
古い認識を後にします。
もう後戻りはしないでしょう。
精霊たちも大喜びです。

コウセンさんが言うところの持続が見えて
物質の生成が行われているのが分かるのでは・・・

スピリットが何を見たいかは自分のアーキタイプによるのでしょうけれど。


私はヌーソロジーを提唱しているコウセンさんのパッションというか彼が醸し出す文章、
オコツトとのプロセスが面白くて、
興味深くて、これは真実だと直感したから大好きなのですが、
数式や神聖幾何学は見えてこないかも・・・やはり得意な感じがしませんから。

それでも、この領域に参入したらならば、
望めば美しい幾何学が見えてくるのでしょうねぇ、やはり感覚化したいです。

IMAG1003 (400x288)

そこでは自由にエッセンスを使える、何にだってなれるから、
体は意味をなくすでしょう。
ノンデュアリテイなんて言葉も意味をなくすでしょう。

何かをあえて創造しようとしなくったって
完全なる愛に基づいた創造が 自動的に行われている
愛そのものの状態。
それが創造行為だとおもうのです。


自分自身が 宇宙を創っているそのものだと いう認識の領域。
IMAG1004 (400x306)

最後の一歩は 神が手を取ってくれる てコースにはあります。

決して この世界で何かを成し遂げたりすることが
私たちの本質の目的ではないのです、

認識を転換させることだけがスピリットの目的なんです。


とても気が楽になるでしょう、しかも一人でやっているのではなく
聖霊がいついかなる時も傍にいて手伝ってくれているのですから。
私たちは何かに成るために生きているのではなく

本来の自己を認識するために生きているのです。


悟りの空間は 気持ちよい世界に閉じこもる事ではなく
限りない自由を取り戻すことなのです。

創造行為とは自由意識のことだからです。
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物質世界の向こう側

  1. 2016/01/10(日) 14:50:00_
  2. 奇跡のコース ACIM
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『奇跡のコース』と「ヌーソロジー」この二つの教えを自分なりに練り、
すり合わせ、精神の進化の為の覚書として書いてみます。

そして、虚無やこの世界が幻影だということが意味することも含めて。




奇跡のコースでは 変化するものは 根源存在が造ったものではないと言っている。

根源存在が唯一創造したのが 私たちの命、永遠のスピリット(霊性)だともいってる

それ以外のモノは幻影だと。

スピリットは拡張していく、根源的神もまた然り。
どこまでも制限なく。
根源的神のブループリントが私たち。

この徹底的にそぎ落としたコースの世界観では
本当の二元性とは この根源的精神と私たちのスピリットのことであって、
それ以外にないといっている。

本来の二元性とは なんて美しい世界なのだろう。


先にも書いたように
エネルギーでさえも変化するので分離の産物。
それらも幻影。
たとえ、高次元のスピリットが造ったものだとしても。

私たちが造ったものは分離の産物だけれど、
私たちスピリットには根源的神が宿っているのだから
創造したモノにスピリットを息吹を吹き込むことはできる。

それが心、根源的神に通ずる精神。

そして変化するものはすべて分離の産物なら
この肉体、付随する感情や思考も
実は心も根源由来のものではない。

万物さえも分離の産物

しかし、万物のスピリット・霊性はある。

しっかりと存在していて、
万物を成り立たせているがスピリット・霊性。

よって、見ているものとは転倒していて見えなくさせられているものが
本来は確固たる存在を持っている。


IMG_6060 (400x300)


物質、万物を濾過すると 残るもの 
それが私たちのスピリット・霊性であり、
そしてスピリットは万物の生成に関与している。

この世界の物質は幻影ではあるけれど
スピリット・霊性で充満している
空気や水 その他すべての分子なども霊性の顕れ。

生命で充ち満ちた世界。

万物はそれらの結晶 。


だから、
根源への方向への精神が込められていれば
意識進化の方向性 (反性質・ヌース用語)。
しかし、逆向きの精神の忘却からできたものは
完全なる分離の産物。
分離、忘却の方向に作られた物は 反定質(ヌース用語)であって、
根源存在に還元されるものではなく 霊性精神の進化はない。


トラブルなどで他者、人々をスピリットしてみる
 それができない状況(分離)にあるとき
満ちているスピリットに依頼することを忘れてはいけない。
満ちているスピリットとは変換人(ヌース用語)・天使的存在は
進化の方向性をもった存在たち
奇跡のコースの聖霊のこと。

そういった意味で この空間にある
他者とは本当の自己に気づくために配置された霊性(神)ともいうべきものである。 


IMG_6049 (400x300)


私たちの空間は根源的神=スピリットの充満。
その中に私は生きているのだから いつでも戻れる。

幻影を濾過し、万物の霊性の息吹を感じながら生きることはいつでもできる。

プラスチックだって石油由来、地球スピリットが宿っている。
物質の神聖さに目覚めれば物質は変容し、自分への助けとなり
純粋な精神性が奇跡の生活の日々になるのだと思う。

この幻影世界は空虚な空間ではなかった。

空虚さだけを感じるのであれば ただのニヒリズム。
そこに霊性の進化はなく、ノス(ヌース用語)に陥ってしまうだけ。

そんなときは聖霊に依頼するといい。
助けとなる共時性や奇跡に必然的に気づくこととなる。
・・・って奇跡のコースは言ってる。

ありがとう って素直に言えるとき 正しい場所にいる って思う。

言えない時は 聖霊を思いだして呼べ、私!







少しの間ここにきてるだけ

  1. 2015/01/28(水) 13:24:15_
  2. 奇跡のコース ACIM
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『奇跡のコース』を「湘南やすらぎの部屋」で学んでいたとき
クラスでは日常の様々な自分の想い、考え方をコースに則って
考え改めるため 分かち合ってディスカッションしていたのですが、

あるとき私は 自分のことはともかく、家族の将来のことが
心配で心配で・・・(母親というのはどうしてもそうゆうものです)
「どんな状況にあっても大丈夫だ」、と知りながらも
この想いはやめられませんでした。

そんな状況が続き その想いをクラスで打ち明けたら

「どんなことがあっても 大丈夫なんだよ。
だって、死んじゃっても大丈夫なんだから」 と言ってくれたクラスメイトがいました。

そうなのですよ。 
こんなこと『奇跡コース』の類をやっている人にしか
受け容れてもらえるこどではないかもしれません。
万人に向けては書くのをためらうようなことです。

 
とは言っても、目の前から大切な人がいなくなったら 淋しいでしょう。
けれど 亡くなった人が ぜんぜん大丈夫なのだと知っていれば
ただ自分の中のことだけの問題。
いつもサポートをしてくれていると識ることが自分を助けることとなるでしょう。

でもまぁ、私は家族に対しては
生きていて不幸な状況が心配だったのだけれど、
暑さ寒さがしのげて、ある程度食べ物に恵まれていれば
そこそこ大丈夫。
病気にならないようゆるゆる生活に、そして
時々自分なりに頑張って
その時々で自分自身を生きて欲しいと思います。

どちらにしても この世界では何をしようが いいのです。


死んじゃってもだいじょうぶなら生きていても大丈夫。。。
ほんとうの自分や周りの皆も魂としていつでも「ある」のだから。
魂の分霊の出張先がここなだけ、をいつも心に置いています。

このような認識をテッパンにするために
コースの重畳とした文章はあるし、

やすらぎの部屋のコオさんは 
「コースは認識の筋肉強化のようなものだ」と仰っていたのですが
ピッタリの表現です。

このような認識をコースにしろ何にせよ
得ることは 出来事に惑わされることがなくなり、
結果強くなったように見える。。。
鈍感になるわけではなく
精神を揺さぶられることがなくなる、ということです。

KIMG1674 (301x400)


いまもまだまだ 心配な気持ちが私の中にあります。
だから振り返って書いておこうとおもいました。

では また (^_^)/~








奇跡のコース・分離の起源 より

  1. 2015/01/01(木) 22:56:51_
  2. 奇跡のコース ACIM
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年頭から
こころの中の雑然としたものをどうすればいいのか?と問うと

自分でやろうとしないことだ・・・と想っていたら自ずと
『奇跡のコース』を読むことに向かいました。

ナチュラルスピリット社の『奇跡のコース』 より

第二章-1 「分離の起源」

”奇跡は様々な錯覚の間に区別をつけることはしません。
奇跡の唯一の関心は真理と過ちを別々なものとして区別することにあります”


錯覚とは
この目の前に見える世界、
全天周型スクリーンに投影されている世界のことです。
スクリーンに囲まれている中にいれば、善くおもえることも悪く思えることも
区別がないといっています。
悪く思えることとは 後に書きましたが”愛の欠如の状態”です。
どんなことにせよ
奇跡はこの世界で起こることには それほど関心がないのでしょうね。
それよりも スクリーンの外側に出て物事を観る(それ以上の感覚・存在になること)
が重要なことであり、奇跡を受け入れるということに尽きるのです。
だから、スクリーンの投影と そこから脱却し、真理にいることが
区別されるべきもの、と言ってるのです。

スクリーンの外側に出ることとは
自然物をはじめ万物を成り立たせているモノの
 目には見えない 叡智・フィーリング・奇跡・恩恵・プロセスを感じ取ること、

いまここに 見せてもらっているという感覚です。


「スクリーンの中でのみ 高みを目指し留まっていたら それは宗教になってしまう」
と言っていたのは 昨年末に出席した お話会、
パステルオブライトさんの講師の方でした。
このとき 宗教の位置付けというものがはっきり明確化できました。
そこに 意識は留まって癒したい!では意味がないのです。
所詮 宗教にしても 『奇跡のコース』にしてもツールにすぎません。


そして
”安らぎはあなたの中にある属性です”
”内なる安らぎによって、外部からくる愛の欠如に動揺せずにいることができます。
そして、奇跡を受け容れることによって、
他の人々の愛の欠如が生み出している状況を修正することができます”



ここで間違えてはいけないのは ”修正することができる”とは
何かしようとすることではない、ということ。
ただ 奇跡を受け容れること。
愛の欠如の人々のことでも
愛の存在として胸の内にある光をみる ということだけです。

安らぎの意識は 自分自身にある・・・


寝る前にACIM

この世界を超越するための 『奇跡のコース』。
膨大とも思えるテキストは、
たくさんの文章で埋め尽くされていても
無駄な文章はなく、どこを読んでも
いつも導きだされる答えは一貫しています。

私にとっては こころのリセットツールに役立っているのです。

2015年元旦 こころのメモ。


奇跡のコースと出会って

  1. 2014/03/25(火) 15:44:29_
  2. 奇跡のコース ACIM
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「やすらぎの部屋」を初めて訪ねたのは
2006年ごろだっただろうか・・・。
そこでヒーリングクラスで一年間、内面と対峙し
その後、数年間 読み解いていった『奇跡のコース』によって
自分の中に確固たるものを取り込めたことは
ブレない自分をつくりました。

そこで得たことは・・・


正しい見方で この世界を見る、

どんなときでも こう対処すること。

正しい見方とは

きょうだいたちは すべて光としての存在 

胸のあたりに光を輝かせている姿としてみる。

だからどのように困難な状況であっても 大丈夫。。。

そう想うことが その人を助けることになる。

「なにがあっても大丈夫」 の想いは確実に作用する。


困難を抱えた人に対し、

何も心配いらないからといってなにも想わなくていいのか、というと

そうではないと思う。


「なにも心配いらない、大丈夫!という想い」が、

本当にその人を助けていることになる のだから。

こんなにシンプルなことを理解し
自分の中に定着させるのにはハードルがたくさんありました。

だから長い間 やすらぎの部屋 にはお世話になったわけです。
離れることにはなりましたが、


すべては繋がっていることを私たちは知っています。

   IMG_4020 (400x290)


奇跡のコースは

分離のないところではまったく必要のないことなのだから

分離のあるところでしか学べないことだと想う。


地球で叡智を想いだした人はどこへ行っても大丈夫なのだとおもう。


だからこそ 普遍の糧であると、

それはツールではなく ただ、ただ想いだけなのだということ。


ありがとうございます そしてこれからも。

   今日も奇跡の一日を(*'▽')
    
   img108 (399x400)



見方の訂正

  1. 2014/02/10(月) 20:55:38_
  2. 奇跡のコース ACIM
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批判的に物事を見たときに

この見方は間違っていると知ること。

そしたら、自分の見方を訂正できる。


もしくは間違った見方を訂正してもらうこと。


聖霊にむかってそう決心する。


訂正することを決心することは


目の前にいる人や状況は純粋なスピリット、光であると・・・みること。


好ましくない現実の時の想いこそチャンスなのです。


素直な気持ちで想いをチェンジ


       IMG_0117.jpg



そうすると 意識がシフトします。

状況、経験が変わってる はず。



   IMG_0109.jpg


決心ひとつ。

本当の選択とはただひとつ恐れか愛か。

そして愛を選択するだけ。

『奇跡のコース(ACIM)』の意識の拡張の方法、
簡単すぎるくらいに簡単なんです。


啓示的経験をすると…

  1. 2013/12/08(日) 15:35:49_
  2. 奇跡のコース ACIM
  3. _ tb:0
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表題が 『奇跡のコース(ACIM)』がらみになってますが

私は どうも啓示体質 らしいです・・・
今までに向こうから 至福の状態が訪れてそれに包まれた経験を
そこそこ長い人生の間に何度かしています。

こんな経験が私をACIMに向かわせたのかもしれません・・・必然。

『ACIM』から抜粋すると 

啓示とは
「啓示とはあなたと神を直接 むすびつける」1-2-1-5
「啓示はきわめて個人的なものであって、
 それをわかるように説明することはできない」1-2-2-1 
「啓示はただ経験するように仕向けるにすぎないのである」1-2-2-3
とあります。

IMG_0603 (286x400)


啓示…完全な至福体験をした私は 悲しいかな、
この世界のどんな出来事も素晴らしい体験も色あせて見える
ようになったのです。

啓示的な意識体験とは静かだけれど鮮烈なもので、感覚で覚えているので
最近ではときどき、自らそのモードに入っていくこともあり、
結果 周波数を上げられることもあります。


ほかの人も こんな経験がひとつやふたつあるのが当たり前だと思っていたら
どうも違うらしい
ちょっとギャップを感じました。

なるほど、だから私はニーチェやクリシュム・ナムルティ などに惹かれるのだろう。
彼らは 啓示体験をしているから。
そのような啓示体験の真実の文章にふれるとその周波数が蘇る感じになるのです。

そんなことから、
なにをやっても なにを手に入れても本当の満足は得られないと感じる思考が
できあがったのです。

やりがいのある何かをしたいとも思わないから、隠遁生活者願望が強く
だからって、出家するわけにはいかないので、

ここは意識を変えよう、となったのは やっとここ 二、三年。
(葛藤からの解放でした)

何をやっても、なにを手に入れてもも満足しないのだったら 
求めても仕方のない世界だと 知る ことだけでいいのです。

これで なぜか心の葛藤から外れるから不思議。

さあ、好きなこと 楽しいことをしよう!となります。
地上でできるの最大限の幸せを誰もが受けっ取っっていいのですよ。

そして限界のない幸せは あとのお楽しみで必ずあるのですからね。

エゴなき自己中心の世界

  1. 2013/12/06(金) 12:14:55_
  2. 奇跡のコース ACIM
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昨日は月一回のやすらぎの部屋での『奇跡のコース(ACIM)』のクラスでした。

ほかの皆さんと体験を分かち合っていく中で
どんな状況でもスピリットとしてだけ見ること
実際にはなにも起こってなどいない、私たちはここにすらいない、

ということを認識するためにやっていくわけですけれど
それが実際にできたとき(起こったとき)

見ている世界と自分が同調する、同じものだと感じられます。

(昨日はそのモードに意識がほんの 数十秒くらい入りました)

そこにいる人や配置されているモノはすべて
自分のために置かれているのだという
圧倒的な愛を感じます。
私という存在は ことばにできないくらいの愛を受けとっている・・・

歓びと同時にカタルシスの涙がかってにあふれてきます。
感情無しの不思議な涙。
あまり泣くのは恥ずかしいと自我がつっこんで 終わってしまいましたが、

貴重なことに他者がいて起こったことは大きな意味があったのです。

これがACIMでいうエゴ的でない自己中心の世界なのでしょう。

ヌーソロジーでいう「位置の等化」なのかな?

これが持続できたら実在が本物となっていくのでしょうね。

KIMG0378 (400x190)
(昨日の月と金星のランデブー スマホで手振れ撮影のため金星がとっても大きい!)

チャートでわかる奇跡のコース

  1. 2013/12/02(月) 14:33:01_
  2. 奇跡のコース ACIM
  3. _ tb:0
  4. _ comment:3
奇跡のコース」(ACIM)の世界観
を頭の中で整理しやすくするために
チャート図にしてみました。

(用語は田中百合子さん訳を用いています)

心(マインド)は自我と霊
自我と霊(スピリット)は意思の疎通がなくお互いを知らないのです。
自我の枠の中にからだも含んでしまいましたが、からだと自我はセットです。
自我は学ぶことはできます。

聖霊は実在との架け橋
イエスも含みます。
”正しい知覚で”聖霊に全幅の信頼、委ねがおきると
物事は自動的に 癒され、最善に事が運び、奇跡の日々となります。
苦悩は聖霊に任せること・・・これだけなのです。


非実在は「分離」とも言います。

img077 (470x700)

ほかにも盛り込みたっかった「啓示」は
癒しや奇跡と同じく実在からもたらされますが、
これらは実在にはありません。
実在には必要でないからです。

また 違った形で描ければ アップしますね。

洞察力

  1. 2013/06/30(日) 19:55:23_
  2. 奇跡のコース ACIM
  3. _ tb:0
  4. _ comment:0
洞察力ってなにも
灰色の脳細胞のエルキュール・ポアロ探偵の専売特許ではなく、
誰もが 持っているもの。

IMG_3381 (246x350)

「奇跡のコース」(ACIM)でいう 洞察力は自己の内側から
”真理、実在がわかる” という力 のことです。

(ACIMの実在とは自我がない世界をいいます
日常のあらゆることにも歓び感じられる完全認識)


体験的に洞察力は、
あらゆるサイキックなことと関係している、とおもう。
リーディング、透視能力、
オーラが見える力は洞察力ともいえる。
予知能力、これも洞察力。

洞察力に長けているひとは、それを特別なこととは感じてなく、
自分の五感と同じように思っているだけ、だとおもいます。

洞察力は愛を感じる、ひらめきで、なにも特別なパワーではなく、
日常に愛を感じる感覚も洞察力です。

上手く言えないけれど、向こうからやってくる感覚です。

虚栄心からサイキックが使えるんだ、などという人がいたとすれば、
洞察力があるとはいえないのかしれません。

才能と人格はまた、別のものなのかな?
よくわかりませんが…
才能がある人が人格者だとは限らない、とは思いますけどね。

ACIMでいう洞察力は地と天と自己が同調したときに現れるものだと思います。
いわゆる、三位一体。

だから、この状態を意識すれば誰もが、
欲しい情報を得られるのだと思います。

そして、洞察力は愛の状態であり、
素になったときにいつでも働くと思います。
(余計な考えが退いたとき)

サイキックは副次的なもので、
ある段階がくれば開示されるものだと思います。

でも、オーラを見る練習などは、素の自分になる練習でもあるので、

そういった意味では鍛える価値があるとおもいますよ。

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プロフィール

ケンタウルス

Author:ケンタウルス
*射手座
*神奈川県在住
*レイキヒーリング 3rd
*「湘南やすらぎの部屋」
 ヒーリングクラス'07度卒
 '09度からアドバンスクラスにて
 「奇跡のコース」を学ぶ
 (宗教団体ではありません)
*応用DNAシータ・ヒーリング
 ・プラクティショナー
*パステルオブライト
  光のプログラム 修了
  パステル和アート準インストラクター資格
 

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