射手座は旅する哲学者、星座になっているケイロンはケンタウルス族。日常を楽しむこと、心のこと、時々精神世界のこと,などいろいろ綴りたいところですが最近は楽しいことに徹してお出かけしたことやハイキングのことばかりになってます。(^◇^)訪れてくださり、ありがとうございます。

完全な健康って・・・

大半は「白い光線」も「完全な健康」も
どちらも幻想にすぎないことを理解してはいないだろう。
光が白く見えるのは、それが
「純粋な」ものだからではなく、多くの異なる色相、つまり
可視スペクトルのすべての色をあわせもつからだ。
そして健康も光線と同じく混合体である。
人間が何かを経験するのは対象(コントラスト)を通してのみ可能となる。
いいかえれば「経験」をするには「差異」がなくてはならない。
(中略)

「健康」という状態を経験するには、
病という一要素も当然そこに含まれていなければならない。

祈りや瞑想、その他諸々の方法によって
百パーセント純粋な健康体を手に入れようとするのは、
健康それ自体を破壊する行為に等しい。
「完全な健康」という言葉自体が明らかな矛盾を抱えているのだ。

『癒しの言葉 よみがえる祈りの力 』 ラリー・ドッシー著 より


言葉には限界があるなぁー、と思う文章だけれど著者が謂わんとするのは、
よく分かる。

病すら、すべてを受け入れた時こそ 癒しは起こるものなのだ、ということが
ある人のエピソードなどを交え綴られていく・・・。

分離のない世界観こそが あるべき姿本来になる、ということなのだろう。

受動的でありながら能動的、
健康な状態と同じように病にさえ、
心からの感謝に満ちあふれた心で祈る、ような。

すべての状態にチューニングがあっているように受け入れること。

IMG_2063.jpg

そして、そのように、すべての経験を
終えること(受け入れること)は・・・
より大きな自己への拡張となっていくのだと思う。
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