ケンタウルス族に生まれて

射手座は旅する哲学者。星座になっているケイロンはケンタウルス族。日常を楽しむこと、心のこと、時々精神世界のこと,などいろいろ綴っていきます。訪れてくださり、ありがとうございます。


愛の語りは退屈

  1. 2013/01/19(土) 20:43:38_
  2. スピリチュアルレッスン
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私はこのブログ上で なんどか愛について書いてきたとは
思うけれども、
愛を前面に出して語られると退屈だな、と思ってしまう。

元々 家族愛や動物愛護 ヒューマンドラマなど
愛を前面に出したものは
好きではない、というか ひねた性格なのか拒絶感すらある。

全面に愛を掲げたってそれが どーだというのだろうか?
いいこちゃんぶってる、なんて思ってしまって、素直になれない。
このことは、なにかが違う、と思ってしまう私に
なにかしらの観念があるからなのだろうけれど。

なのになぜ 『奇跡のコース』を読んだり、
ダライラマ法王の講演にいったりするのか?
それは 真理が知りたいから。
愛は感情ではなく存在そのものであるということを
実感したいから。
そこには愛の真理が顕れている。

先に書いたようなヒューマンドラマや
家族愛などのドラマや映画を好きでないのは
感情が絡んでくるからかもしれない。
愛は感情ではないのだ。

感情の果てに愛があるのかもしれないけれど、
死や悲しみは 存在しないので、そのそもドラマというのを
もう好まなくなったせいかもしれない。

人には誰にでも物語がある と言ったのは河合隼雄。
だから 特別とりたてて誰かがすごいわけではないと思う。

皆、誰もが特別ですごい存在なのだから、
それが愛そのものであろうと思う。

だから愛についての語りを聞くことは退屈に思う。
それと 自我の妨害があるからということもあるかもしれないけれど、

愛は語れるものではないからだ、と思う。

IMG_2180.jpg

私たちの存在そのものが愛で、それは進化の方向性をもったもの。
誰もが尊重されるべき者たち・・・

などと言って愛を語る私はなに?
これを読んだ人は退屈を感じるかもしれない。
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プロフィール

ケンタウルス

Author:ケンタウルス
*射手座
*神奈川県在住
*レイキヒーリング 3rd
*「湘南やすらぎの部屋」
 ヒーリングクラス'07度卒
 '09度からアドバンスクラスにて
 「奇跡のコース」を学ぶ
 (宗教団体ではありません)
*応用DNAシータ・ヒーリング
 ・プラクティショナー
*パステルオブライト
  光のプログラム 修了
  パステル和アート準インストラクター資格
 

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