ケンタウルス族に生まれて

射手座は旅する哲学者。星座になっているケイロンはケンタウルス族。日常を楽しむこと、心のこと、時々精神世界のこと,などいろいろ綴っていきます。訪れてくださり、ありがとうございます。


食欲と自我

  1. 2014/01/09(木) 17:33:15_
  2. アセンション
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最近
あまり 身体で生きていることが実感として薄くなっている気がする。
もちろん、ケガをすれば痛いし、お風呂に入ったり世話は必要なわけですが、
意識の方が確固たる 生命を感じるという意味ですよ。

そうなると死というものにもリアリティがないので
悲しみも何となく薄くなるような…


しかし まだまだ家族のためには存在してなければとは思ってます。
彼らは妻や母親がいない現実を受け止めきれないだろう。
だから 持病に対してはできることとして最善を尽くしている最中です。

で、病気とはべつのこと、食欲のことだけれども


以前
1週間くらい、一日一杯のお粥とポタージュスープとお豆腐程度のプチ断食をしたとき
このまま全然大丈夫そう、
水だけでも生きていけるんじゃないか…と自然に思えたのでした。
体重もウエスト寸法もほとんど動かず。(減ってほしかったのに

そして、食料品売り場にいってもリアリティを感じない、
ほとんどが不必要なモノばかり非現実的な気分。

もし食べる行為が必要でなくなるということが
現実味を帯びてくると
身体なんてなくてもいいんじゃないかとすら思えたのです。
食事をするということは単なる習慣にすぎない。

食欲とは生存本能の最たるもので
それがなくなったら 身体も意味をもたなくなる気がする・・・

食べないで普通に体が動くんだから、

これは自我の消滅にも等しいのでは?

実際にもう 不食の人(ブレサリアン)は存在しているのだから、
そのような人はその境地だろう。
全くの不食は難しくても
ベジタリアンやリキッダリアン(飲物は摂る人)などは
今どき潜在的にはかなりいるのでは?
(検索するといっぱい出てきますよ)

とりあえず
食事をやめても本当には身体はなくならないので
身体の意識レベルだけでの消滅・・・

実際、人は殆ど食物を摂らなくても
呼吸で生きていける境地に達することは
免疫学者の安保徹先生の著作などを読むと分かりやすいです。

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プチ断食は服用中の薬の副作用で胃の調子が良くないときは
効果があったことは確かでしたが、
年末年始の食生活から、元の食習慣に戻ってしまい、
また、粗食の生活にでも少しずつ移行していこうとは思いますが、
どうなることでしょうか。

それにしても
プチ断食の最中は 食物への執着心事態
とても遠いもの、不思議なものとして、
感じられたのです。

これを感じているのは いったい誰なのか…
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プロフィール

ケンタウルス

Author:ケンタウルス
*射手座
*神奈川県在住
*レイキヒーリング 3rd
*「湘南やすらぎの部屋」
 ヒーリングクラス'07度卒
 '09度からアドバンスクラスにて
 「奇跡のコース」を学ぶ
 (宗教団体ではありません)
*応用DNAシータ・ヒーリング
 ・プラクティショナー
*パステルオブライト
  光のプログラム 修了
  パステル和アート準インストラクター資格
 

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