射手座は旅する哲学者、星座になっているケイロンはケンタウルス族。日常を楽しむこと、心のこと、時々精神世界のこと,などいろいろ綴りたいところですが最近は楽しいことに徹してお出かけしたことやハイキングのことばかりになってます。(^◇^)訪れてくださり、ありがとうございます。

ファースト・ソース(根源)を見いだすこと

前回の記事に『ネルダ・インタビュー5を読んで』 に関連しての 内容ですが、


自ら神だと名のり 私たちの身体や性格を造った存在は、
その存在を信じさせるために、
畏れを抱かせるような意味で
神とは シュタイナーの言うルシファー的なものでした。

崇める対象の神は虚偽だったわけですから、
救済も、マスタープランも虚偽。

また唯物主義の根底は アーリマン的な物であり 
結局は どちらも
私たちにプログラミングされた必要悪で 同じものでした、チャンチャン。

そう考えると
善といえるものもなく フラットなものしか残らないように想います。
まさに 善ではなく 禅 というほうがしっくりします。

フラットな 本当の”愛”が出現し

すべては一元へと戻っていきます。。。


本当に ほんとうに壮大な設定でした。
その中間層から下層、はたまた欺かれ、搾取される配役
エネルギー的な物さえ、奪ったり奪われたりなど、
いろいろな 配役が必要だったわけです。


本当に「神」 と呼べるものは 最初の根源的な ・・・なにか。
『ネルダ・インタビュー5』 では ファースト・ソース と言っています。

それだけなのです。

それは ジャッジもしない。
私たちがやることに 何も口出しはしてこない けれど、

自由さを与えられている、この壮大なる自由さを
 ”愛” そのものだ と感じられるのであれば、
完全に それと繋がっている状態であろうと想います。


その状態であれば 自由はあなた(私)の中にあるということが解り
何者にもなれる、ということが解るし、何者でもないということも解る・・・

そのとき
ここと 繋ぐのが聖霊なら、その聖霊も 自分自身に他ならないということが解るのでしょう。

自分自身を識ることは ファースト・ソースとしての本来の神 を識るということ。

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私が今 見ているビジョンは 何なのか・・・すべては
ファースト・ソースとしての体験のためのものに過ぎず・・・

旅行のようなもの アトラクションのようなのかもしれない・・・

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